Home Interviews 英語版『LoveR Kiss Endless Memories』の裏側に迫る:翻訳者が語る判断基準と文化を伝えるための工夫

英語版『LoveR Kiss Endless Memories』の裏側に迫る:翻訳者が語る判断基準と文化を伝えるための工夫

人気恋愛アドベンチャー『LoveR Kiss Endless Memories』は2025年11月27日に発売され、シリーズとしては初めて英語圏向けに翻訳された作品となった。

本作の英語版翻訳は、Frontline Gaming Japan編集長のヨハン・クリスチャンが全編を単独で手掛けた。今回は、同氏の翻訳者としての歩みや背景に触れつつ、翻訳作業の過程や課題、そして原作のニュアンスをいかに英語で表現したかについて話を聞いた。

(本記事ではインタビュアーは裏方のスタッフが務めている)
※ The English version of this article is available here

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― 本日はよろしくお願いします。では、まず、今回『LoveR Kiss Endless Memories』の英語版の制作にあたり、どのような役割を担当されたのか教えてください。

ヨハン:日本語75万字のテキストを、すべて一人で翻訳しました。

― 75万字を一人で…それは相当な大仕事ですね。どのようなプロセスとワークフローで取り組んだのか教えてください。

ヨハン:それまでで一番大きかった案件は45万字程度でしたので、本作で規模がかなり大きくなりました。しかもスケジュールが結構厳しかった上に、途中には複数のマイルストーンも設定されていました。そのため、1日に300行という翻訳量を自分に課し、予期せぬ問題が発生しても対応できるよう、常に予定より先行するように進めました。幸い、大きな問題はありませんでした。

なお、発売後に、本来とは異なるMessage IDが参照されるという不具合が確認されましたが、これは実装時の問題であり、翻訳者の責任範囲外です。

― かなり厳しいスケジュールだったのですね。その量をこなす中で、キャラクターの性格や口調の一貫性はどのように維持したのでしょうか?

ヨハン:それはとくに難しくはありませんでした。キャラクターは元からしっかり作り込まれているので、日本語の話し方に合わせて英語側のトーンを整えただけです。例えば、南夏や優美菜は主人公に対してかなり砕けた、カジュアルな話し方をしますし、莉里愛は基本、丁寧な話し方をします。クリスタも丁寧ですが、もう少し控えめな感じですね。

― なるほど。原作のキャラクター性を指標に英語の台詞を整えたわけですね。では、日本語特有のニュアンスや文化的背景で、英語に直訳しづらい部分はどのように対処したのでしょうか?

ヨハン:その点では、事前にクライアントであるドラガミゲームスさんと話し合いました。本作は日本を舞台にした、日本のキャラクターたちの物語であり、ジャンル的にも「日本的」な作品ですから、海外のファンもいわゆる「ジェリードーナツ方式※①」のローカライズを望んでいないはず、という認識は共有していました。

(※①過去に日本アニメが北米のローカライズで、おにぎりが「ジェリードーナツ」と呼ばれたことを指す。見た目はそのままだったため、視聴者に多大な違和感を与えた。当時、そういった改変は必要と言われていたが、現在では文化的マーカー(cultural marker)を改変するのは差別的(cultural erasure)なのではと議論されている。また、ファン側からは「馬鹿にされているよう」と不評を買うことが多い。)

そのため、意味とニュアンスの保持が最優先となりました。英語に直訳しづらいものはそのまま残したり、意味が明確に伝わるよう工夫したりしています。例えば敬称や「senpai」などは日本語のまま残し、文字数の制約もあって適切な英語表現が存在しない場合は「(politely)」のように括弧を使い、キャラクターが「おはようございます」と挨拶する際の口調のニュアンスを崩さないよう工夫しました。

― その「おはようございます」の例について、もう少し詳しく教えていただけますか?

ヨハン:該当シーンでは、常に丁寧な喋り方をする莉里愛が主人公に対して「おはよう」と挨拶しますが、主人公は「おはようございます」と返します。これは目上に対する挨拶であるため、莉里愛は不満を示し、友人として対等に接して欲しいと言い、主人公は「おはよう」と言い直します。

英語にはこれほど細やかな丁寧さの差異に対応する表現がなく、主人公側を不自然にフォーマルにすると、今度は嫌味っぽく聞こえてしまいます。逆に、莉里愛の口調は作品全体を通してほぼ一貫しているため、ここでの台詞をカジュアルにするのも完全に不適切です。そこで、括弧で補足する形で主人公は莉里愛より丁寧な挨拶をしているというニュアンスを伝え、トーンやキャラクター性を損なわないようにしました。こうすることで、英語においてもキャラクター同士のやり取りが原作に忠実で、英語の都合で平坦化されたり歪められたりすることがないようにすることができました。

― なるほど、よく考えられた判断ですね。括弧の補足は、英語に欠けているニュアンスを補いながらキャラクター性を壊さないための工夫だったわけですね?

ヨハン:その通りです。

― ローカライズの過程で、変更した箇所はありますでしょうか?

ヨハン:ありますが、ローカライズは誤解されることがあるので、一般的に考えられているような変更点ではないですね。例として、ゲームに日本舞踊が出てきますが、「senpai」が分かる、ギャルゲーを遊んでいるような英語圏のプレイヤーでも、分からない人が多いと思います。文脈的にはなんらかの踊りとすぐに分かりますが、あとで実際に見るまで英語圏のプレイヤーは伝統的な踊りだと分かりません。その情報はすぐに伝えるべきだと思い、「traditional Nihon-buyo dances」に変更しました。原文の意味を変えることなく、重要な文脈を追加することで英語圏のプレイヤーが日本のプレイヤーと同じタイミングで同じ知識を得られるようにしました。

ローカライズというのは作品を特定の客層向けに、より分かりやすくすることであり、その文化や習慣に合うよう最初から書き直すことではありません。そもそも英語圏の場合となると、「英語圏」という単一の文化圏があるわけではないので、特定の地域の文化を選んでもそれに合わせても英語圏の他の文化圏のユーザーには伝わらない可能性があります。

一方、スタミナカレーは和製英語であるため英語圏の人には変に聞こえるかもしれませんが、そのままにしました。これは脚本の文脈では十分、大食いの人たちのための料理だと分かるからです。欧米の一部のローカライズ推進派はここで欧米の客層に分かりやすくするよう、ハンバーガーかホットドッグに変更するのが正しい、というかもしれませんが、スタミナカレーは実在する日本の料理であるため変える必要はないと思いました。必要があればプレイヤーはすぐにスマホで検索を掛けて、実在すると見て、自分の国で提供している料理屋を探したり、日本へ来た時に食べに行ったりできます。これを変更したら、プレイヤーは日本の文化的マーカーについて知識を得る機会を完全に奪われてしまいます。

― キャラクターとニュアンスが原作に忠実であることを保つために尽力したことがよく伝わります。これほどの規模と複雑さを伴うプロジェクトでは、ご経歴が大きく影響されたのではないでしょうか。これまでの経験と、それがこういう仕事にどう活かされたか、お聞かせいただけますか?

ヨハン:私の経歴は少々複雑で長くなりそうなので、その質問に答えるのは少し難しいですね。どこから話すべきでしょうか?

― なるほど、語ることが多そうですね。まずは言語的な背景や学歴あたりからいかがでしょう。日本語はいつどこで学んで、どうやってプロの翻訳ができるレベルまで習熟したのか、といったところで。

ご存じの通り、母語は英語です。ただ、小学校の頃から日本のメディアに興味を持ち始めました。最初のきっかけはメガドライブで遊んだゲームで、その後はセガサターンでしたね。理由を説明するのは難しいのですが、子どもながらに日本のゲームの方が他より単純に面白いと感じ、そして早い時期にインターネットに触れたことでその興味が一気に加速しました。ネットで、普段では知りようもないような日本のゲームを知ることができたからです。

中学の頃からネットや市販の教材を使って独学で勉強し、高校に入る頃には既に日本語の漫画を読める程度には上達していました。同じ頃に言語学校にも通い始め、日本語能力試験の全レベルを余裕で高得点で合格し、次は日本の大学へ留学しようと決めました。そして実際にそうして、それ以来ずっと日本にいますね。

― 凄い経緯ですね。日本の大学時代について、そして卒業後にどうやってこの仕事へつながっていったのか、もう少し詳しく教えていただけますか?

ヨハン:まず、大学では社会学を専攻しつつ、自分の興味が向いた、心理学や人類学といった科目にも手を出していました。はっきりさせておくべき点として、私は普通の学生として入学しており、他の日本人学生とまったく同じ扱いで、授業もすべて日本語です。半年だけ来て日本文化を英語で学ぶような交換留学とは違います。

大学では漫画研究会にも入りましたし、今でも社会学の教授の学会に一応所属しています。最近は1年に1度参加できるかどうか、という感じですが。実は教授の、2027年刊行予定の著書に何か寄稿しないかと声もかけていただいていますが、引き受けるとしたら何を書くべきちょうど今悩んでいるところです。

とにかく、3~4年生の時は卒業後に何をするかと本当に悩みました。ゲーム業界に関わりたいという漠然とした希望はあったのですが、就活で参加した企業の新卒向けの説明会はどれもピンと来なかったし、私のやりたいことともズレがありました。

最終的に、平坂読先生の『妹さえいればいい。』に触発されました。私は高校の時に『ねくろま。』を読んでからずっと平坂先生のファンでして。そこで、思い切って変則的な道に進もうと決め、就活を完全にやめ、その代わりに、ゲーム専門の翻訳会社を自分で立ち上げようと考えました。大学を日本語で卒業して論文まで書いたわけですし、ネイティブレベルの言語能力があるのは自覚していましたので、この時点では自分の実力にかなり自信がありました。業界に蔓延る問題点も容易に見抜けることが出来ていたし、そういった雑な翻訳や過剰ローカライズは原作への冒涜だと前々から感じていたので、それを正すことに貢献できれば、と思っていました。

― なるほど、情熱と「クオリティを上げたい」という意志の両方が動機になっていたのですね。そこで、一般的な進路ではなく、起業的な方向に。そこからどのように会社を立ち上げ、プロのゲーム翻訳の仕事を始めていったのでしょうか?

ところが、当時の私はまだ外国籍で、外国籍の人間が起業するには多くのハードルがあったため、現実的ではありませんでした。そこで、昔の同級生に紹介された、その同級生の知人の起業家でちょうど新しい会社を作ろうとしていた人がいました。それが藤本さん(※②)との最初の出会いです。少し話をしたところ、「会社を丸ごと作るのではなく、うちの会社に入って中に事業部として作れば、起業のハードルは避けられる」と提案され、自分も同意し会社に出資し入りました。

(※②ValueArchitects株式会社の藤本隆太郎社長)

残念ながら、事業を始めるのは「最初の」ハードルでしかありませんでした。次は、クライアントに実績を示せないという問題がありました。自分の実力を証明できる成果物がなく、依頼を断られることが続きました。その後、アプローチした方の作品が奇妙なスラングや崩壊したストーリーでローカライズされているのを何度も見る事にもなりましたね。

そんな中で、藤本さんから「翻訳とは別にゲームのウェブメディアを始めてみては?」という提案をされました。当時の私たちには知る由もなかったのですが、これはのちに素晴らしいアイデアと判明しました。とにかくそこで私はFrontline Gaming Japanを立ち上げ、翻訳事業も「Frontline」というブランドの一部として扱うようにしました。

メディアとして活動をすることで、人脈が広がり、英語ができるということで相談を受ける機会もあり、それが翻訳事業に還元されるようになりました。クライアントの海外展開支援、セカンドオピニオン、さらには海外企業との交渉の代理まで、いろいろ任されるようになりました。

ただ、NDAの関係で多くの案件は公には言えず、「実績として外に出せる作品がない」という問題だけはずっと続いていました。そういう意味で、今回ようやく発売された LoveR Kiss Endless Memoriesは、初めて実績として提示できる本格的な日英ゲーム翻訳の案件です。

― 先ほど、大学を出た頃には外国籍だったとおっしゃっていましたが、今はもう違いますよね。その点について、そしてキャリアにどう影響したのか、教えていただけますか?

ヨハン:実を言うと、何の影響もありません。最初から帰化するつもりで来ましたし、可能になった時点ですぐに手続きを進めました。東京で家を購入したのは帰化申請の助けになる可能性があるととも思っていたのですが、そもそもずっと住むつもりだったので、どのみち買いたいと思っていました。

― なるほど、個人的にもキャリア的にも、日本で完全に根を下ろす長期計画の一環だったわけですね。話題が変わりますが、Frontline は事業を確立し、仕事を受注するための人脈作りに大いに役立ったとのことですが、LoveR Kiss のほかに翻訳やゲーム関連ではどのような仕事に関わってきたのでしょうか?

ヨハン:さきほども言った通り、NDAで語れない案件がほとんどですが、翻訳・通訳・リサーチ・コピーライティングなど、いろいろ手伝っています。英日の案件としては、ミニチュアゲーム『Eisenfront-アイゼンフロント-』の翻訳を担当し、国内イベントへの出展も手伝いしました。

加えて、会社(VA)で英語力が必要な案件の手伝いもよくしていて、米国製のCRMを導入する外資系保険会社で翻訳と米国人エンジニアの通訳を担当したり、石油会社のIR調査とその日本語レポート執筆をしたり、先月は韓国のイベントで、ロボティクス関連の展示を行うクライアントの英日・日英通訳を担当したりしました。

― 本当に幅広い分野で活躍されているのですね。こうした多様な案件をこなすスキルはどこで培ったのでしょうか?

ヨハン:専門的なスキルに関しては、企業案件に関して言えば、ミスが実害につながる可能性があるため許されないということはあるものの、基本的にはある程度の能力さえあれば、難易度自体はそこまで高くはないと思っています。それよりもはるかに難しいのはフィクション、自分の場合扱っているのは主にゲームです。これはジャンルリテラシーが要求されるからです。

ゲーム全般の知識、サブジャンルの知識、関連シリーズの知識、影響を与えた作品群の知識……こういった文脈への理解なしには良い翻訳はできません。さきほど業界には低品質の翻訳が蔓延っている、的なことを言ったと思うのですが、ある意味これは仕方がない部分もあるとも思います。本来なら作品ごとにこれらの文脈を正確に把握している適任な翻訳者を探すべきなのですが、これは現実的には不可能ですし、多くの翻訳会社は結局「言語能力があるだけ」の人間を雇うことが多い。だから「会心率」を「critical rate」ではなく「affinity(親密度)」などとする珍妙な翻訳が生まれるわけです。

話が脱線しましたが、自分の場合は若い頃から大量のメディアを摂取してきましたし、日本のサブカルチャーには中高時代から深く触れてきました。高校の頃は2ちゃんねるに入り浸っていましたし、当時父が日本企業に務めていた関係で、東京には頻繁に来ていました。コミケはもう15年連続参加し続けています。同人イベントには一般参加のみならず出展側としても参加してきましたし、いろんなジャンルやコミュニティとそこで使われる専門用語やスラングにも通じています。『氷室の天地』のマニアックなネタのすべてが分かるほどではないものの、6~7割くらいは分かる感じかと思います。

― なるほど。では、そうしたジャンルリテラシーは、これまでどのような経験を通じて培われてきたのでしょうか?『LoveR Kiss』のような恋愛アドベンチャーに関する背景も聞かせていただけますか?

中学生の頃から美少女ゲームをよくプレイしていて、一番最初は『ToHeart2』で、それ以来は何百本もプレイしています。実は高校時代には KAG(吉里吉里)を使って自作もしたことがあります。あれは完全に素人作品でとても人に見せられるようなものではありませんが、当時はフラグ管理やルート分岐のスクリプティングをそこそこうまく扱えるようになっていました。

特にKeyと麻枝准の作品が大好きで、『Kanon』『Air』『CLANNAD』『リトルバスターズ!』の箱絵、そして『ヘブンバーンズレッド』の31Aのキャンバスアートを家に飾っているくらいです。

― 単にプレイしてきただけでなく、作り手へのリスペクトも非常に強いのですね。では最後に、その幅広い背景における日本語能力と文化とジャンルリテラシーの理解を踏まえて、ヨハンさんはLoveR Kiss Endless Memoriesの翻訳を通してプレイヤーに何を伝えたいと考えていますか?

何よりもまず、私の翻訳は原作への「忠実さ」と「本来のニュアンス」を最優先としています。無論、誰もが満足するような翻訳をするのは不可能で、「自然じゃない」と不満を言う人も必ず出ると思いますが、そういった人は基本、視野の狭い、ユーロセントリズム(欧州中心主義)やアメリセントリズム(米国中心主義)の価値観で「人の話し方がどう聞こえるべきか」と判断しているように見受けられます。しかし日本人や日本人のキャラクターはヨーロッパ人でもアメリカ人でもないし、「我々と違うから、間違っている」と断言するのはあまりにも無知なのではないでしょうか。

私も、似たような思い込みに起因した体験をしたことがあります。欧米の人が、私自身のアジア系の名字の発音をあろうことか「間違っている」と「矯正」しようとしてきたのです。ああいう経験も、翻訳とは本来、原語や文化を尊重すべきものであって、異なる文化の偏見や先入観は押し付けるべきではないという信念をより強めました。

― とても分かりやすい信念ですね。あなたがどれほど真剣に、翻訳に向き合っているかがよく伝わりました。本日は、プロセス、背景、そして翻訳へのアプローチまで、詳しくお話しいただきありがとうございました。LoveR Kiss Endless Memories を英語圏に届けるその舞台裏を、多くの読者・プレイヤーがより深く理解してくれると思います。

ヨハン:ありがとうございました。

LoveR Kiss Endless MemoriesはSwitch、GOG、DMM、およびDLsiteで発売されています

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